「なぁ、リオウ。聞こえているか?」
いきなりの問いかけだった。
ずっと視線も合わさず、退屈そうに顎に手をつきながらどこに視線を合わすでもなく空を眺めていたバニキスが、突如顔を上げて、リオウに問うた。
リオウは思わず不審な色を瞳に浮かべる。バニキスは、それだけで何かを自己完結してしまったらしい。
「あぁ、そうか」と納得しながら半分、失望するような声音も混ぜて呟いた。
「お前には、聞こえないのか」
それっきり。一言だけ発すると、バニキスはもうこれ以上話すことはないといわんばかりに視線を空へあてもなく向ける。
その視線は一心に、溜息が出るほど青い空を眺めているようであって、はたまたまるで何も見ていないようでもあった。
リオウは、そんな投げやりなバニキスの態度に、馬鹿にされたような気がして屈辱感を覚える。
勝手に話しかけられて勝手に自己完結されて勝手に失望されている。幼い自尊心が心臓から少しずつ煮え立ってくる熱さを、リオウはそのまま声に変えた。
「おい、バニキス」
低い声で、ゆっくりと呟く。バニキスは、ゆっくりともう一度こちらを見る。
濁った雨上がりの水溜りを連想させるような瞳が、うっすらと光の影響で細まった。
まるで笑っているような仕草なのだが表情は眉ひとつすら動かない。この男には到底不似合いな無表情さにリオウは奇妙な心持を覚える。
「なんだ」
声音まで表情がない。いつもならどこか癇に障るものを含んでいるはずなのだが。
かろうじて機嫌がわかるほど変化があるのは瞳だけである。リオウは眉のない顔を顰めた。
「一体何が聞こえるっていうんだ。お前の大した妄想に付き合っている暇はないが―――それで勝手に自己完結されたこっちは気分が悪くてたまらないぞ」
「ああ―――だって、聞こえないんだろう?」
「だから何が―――」
額に軽く筋を浮き上がらせて眼光を鋭くしたリオウは、ふとバニキスが浮かべた表情に、言葉を止めた。
何がどう、というわけでもない。泣いているわけでも、怒っているわけでも、そして笑っているわけでもない。
ただ、何にも浮かべてないのだ。バニキスの表情には、色がなく―――あえて言うならば先ほどまで密やかな失望を浮かべていた瞳が、今は憐憫になってリオウを見つめていた。
リオウは、続けようとした言葉を失った。頭の中はバニキスの言葉に食い尽くされてしまったかのように、何度もただ彼が発した一言を繰り返す。
「聞こえないのか?ずっと耳元で鳴っているじゃないか」
ごう、ごう。一瞬、リオウの耳元に形容しがたいものが聞こえた気がした。
「お前には、聞こえないんだな」
バニキスは、いよいよ瞳だけでリオウを哀れんで、そしてそれっきり口をつぐんだ。
リオウは、まるで水に打たれたような気持ちになって―――怒っていた感情もどこかに吹っ飛んでいってしまった。
ただただ狼狽しているリオウを横目で見て、バニキスは小さく呟いた。
「お前が聞こえることができたなら―――いつだってお前は捨てることができるのに」
何が、という疑問符は喉元で凝り固まって出てこなかった。





ただただ空は青く、誰も来ない部屋は静かで、ついにリオウには音など聞こえやしなかった。










書いてみたら予想以上にバニキスが危ない人っぽい。笑。
ちょっとぞくり、ってくるような文章にしたかったんですが、なっていないという。
とりあえずバニキスは変人だよね!!を念頭に書きました。どうなのそれ。苦笑。