人間界に行く前、お母さんによく言われていた。
『貴方は恥ずかしがりやだからとても心配だわ』
世界にひとつだけ用意された私の魔本に触れて、お母さんはため息と、嬉しそうな笑顔と、そしてやっぱり、とてもとても困った顔で私を見る。
『パートナーの子とちゃんとお話しなくちゃ、駄目よ』
信頼が大切なんだから。
そういってお母さんは私の頭を撫でる。私は困らせたくなかったから頷いたけど・・・でも。
初めて会うのに。しかもぜんぜん姿も違うのに。
・・・そんなの、できっこないわ。お母さん。
そしてやっちゃった。上手くお話するどころか・・・私、よりによってパートナーの子をさらってきちゃったわ。
だって、いきなり出会えて思わず嬉しくて、動揺しちゃったんだもの。
初対面の子に話しかける勇気なんてないんだもの。
なのに私のパートナーはなんていい子。
上手にお話できる自信が無いからって、私達の言葉しかしゃべれないフリをしている私を完全に信じてくれて。
それに加えて今、私と一緒に旅をしてくれているのよ。
ああ、本当になんていい子!
私よりもずっとちっちゃい歳なのに、とてもしっかりしているし、心がまっすぐで、こんな子が私のパートナーになってくれて幸せ。
・・・でもお話はできない。だって本当に恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないんですもの。
でもこの子とおしゃべりしたい。他愛ない話題で盛り上がったり、感情を伝え合って、もっともっと楽しい時間をすごしたい。いいえでも恥ずかしいわ、やっぱりできない!
「ジェデュン?・・・転がってどうしたの?」
いいえ、なんでもないのよ、ルン。心の中だけでそう返す。そう、なんでもないの。私の勇気がないだけなのよ。
だってこの子はこんなにいい子なのに。
「それならいいけど、具合が悪いなら私に伝えてね」
いいえぜんぜん具合なんて悪くないの。心配しないで。
恥ずかしくて言葉にできないから、せめて私は首を振って必死に意思表示をしてみる。(これも実はちょっと恥ずかしいのだけれど。)
ルンはそれだけで納得したように頷いてくれた。
ルンは、苦笑して私に手を伸ばす。
「ねえ、ジェデュン」
軽く首を傾けると、ルンは私の頬に手をあてて、呟いた。
「本当に、私たちお話ができるとよかったのにね」
・・・思わず私はうつむいてしまう。
「だって、あなたはとても優しいし、いい魔物だし。喋れないのに、私たちこんなに気が合うもの。
おしゃべりができれば、私たちもっともっと楽しく過ごせると思うのよ」
初めてルンが話してくれた、私への思い。
私は、どうしていいかわからなくなってしまった。
だって、そうでしょう。本当は私、喋れるもの。ねえ、ルン。本当は私、喋れるの。
でも、私ただ勇気がないだけなの。喋ることがとてもとても怖いの。恥ずかしいの。
それだけで、あなたを悩ませてしまって、ごめんね。
ごめんね、ルン。
ああ、でも本当に、恥ずかしいの。
そうやって、今も私は話せないのね。とってもとっても素敵な子なのに。
ごめんね、ごめんね。
「―――ジェ、ジェデュン・・・」
ぽた、とルンの頬に雨が落ちる・・・いいえ。雨じゃなくて、私の涙。
「ち、違うのよ?お話ができたら素敵ってだけで・・・あなたを責めているんじゃないのよ?」
勘違いしたのか、ルンは申し訳なさそうな表情でしきりに私の頭を撫でて慰めてくれる。
違う、違うのよ、ルン。あなたは悪くないの。
悪いのは、私なのよ。私なの。
そう言いたいのに、言葉はやっぱりどうしても出てきてくれなくて、ますます私は泣いた。
ルンは、びっくりして、大きな目をもっともっと大きく開いて、小さく呟く。
「・・・ごめんね、ジェデュン」
違うの!違うのよ、ルン!・・・私なの、私なのよ!謝らなくちゃいけないのは、私なの!
でもやっぱり言葉はでなくて、私は涙を抑える方法もわからなくて、ただただルンの前で泣いてしまった。
ああ、本当に本当に。
ごめんなさい。
(そんな言葉すらやはりいえなくて。)
ライラックグレー組の別れ際には思わずのほほんというか思わずきゅん、ときました。
可愛いなぁ、二人とも。非常に可愛くて可愛くて仕方ないです。
と思っていたらこっぱずかしい話になりました。はい。