長い指が、計算し尽され、均等に、しかし奇妙な力を持って並んだ文字の上を踊る。
まるで真冬の最中に降り積もる雪を連想させるほど白い指先は、光に透けて輪郭をなくしていた。
「…まだ、読めない呪文がこれだけあるんだな」
甘い春の匂いと曖昧とした風を振り切って、アドラーの声はまっすぐファンゴの耳に届く。
ファンゴはしばし思考をなくして一心に彼の声を聞こうと一心に耳を傾ける。
ふいにそんな自分に気付いて、思わず自分自身に驚いた。 けれどやはり目に入るのは魔本ではなく彼の指ばかりで、益々ファンゴはあせる羽目となってしまった。





―――あぁ、どれもかしこも綺麗だから目が行ってしまうのだ!
ファンゴはもう一度、こそりと彼を見上げる。
思わず目がぱちりと合ってしまい、あわててファンゴは視線を外した。
(なんだか酷く気まずかったのだ。疚しいことなんてしていないし、考えてもいなかったのに)
「――ファンゴ?」
そんな態度を不審に思ったのだろう、アドラーから訝しげに呼ばれて、思わずファンゴの肩がびくついてあがる。
「どうしたんだい?」
聞かれれば、どうにも悪いことは無いはずなのに、恥ずかしいような、気まずいような。
とにかく羞恥に近い感情が胸の奥から込みあがってきた。ファンゴはあわてて、なんでもない、と返す。
彼は不思議そうな表情でファンゴを見たが、正しい理由がまだ幼いこの子供にいえるはずが無い。
まさか同じ性別の人間に見とれていました―――なんてこと。
ファンゴはどうにも湧き上がる恥ずかしさをこらえきれず、とりあえず目に入った、咲き誇る花のせいにして話をそらした。
「あ、あの花が、綺麗だなと、思って」
「―――ああ。本当だ。すごいな、外は」
話をそらすだけのつもりだったのだが、予想外にアドラーは楽しそうな顔をして、窓の外を覗き込んだ。
どこかの家の庭に咲いた花々を見つめて、彼は微笑った。
「本当に、綺麗だなぁ」





―――綺麗なのは、美しいのは、俺の隣にいるこの人だ!





そう思ったのは本当なのに、やはり恥ずかしくてたまらない、とファンゴは思わず机の上に突っ伏した。
別に、別に変な意味じゃないんだ。本当に、本当に―――とても綺麗だと思ったんだ。
それだけ、なんだ!(いや、本当に!!)










同姓に見とれる瞬間ってのは必ずあるんですが、それは絶対に言葉には出来ないと…思うんですがどうでしょう。
本当に美しい人ってのは世の中にいるもんだし、本当にいい人ってのもいるんだよなぁ、と最近ふと思います。
アドラーは幼いながらも青春していればいいさ(笑)