ここから抜け出したら、何をするか。
幼いころ、突然外界とは断絶されたこの重苦しい研究所につれてこられ、今日という今まで生を過ごしたデュフォーは、己を阻む最後の障害をいとも簡単に解除し次々と進んでいく。
今まで感情といえば怒りと苦しみ、憎しみ。
そんな汚いものしか味わってこなかった彼にも今度ばかりはかすかに、希望にも似た感情が芽生えていた。
・・・さて。
ここから抜け出したら、何をするか。
今まで散々、大事なものを壊してくれたあの男に復讐するのも有りかも知れないが、自分からは二度と干渉したくない。
直に会いたくもないし、一分一秒とて声すら聞きたくない存在なのだ。あの男は。
やりたいことは―――できるなら、母に会いたい。
今まで研究所につれてこられるとき以来、あったことの無かった母さん。
今ではもううっすらとした輪郭しか思い出せないあの人に、会いたい。
今まで散々デュフォーに絶望を与え続けてきたマッドサイエンティストは、口元に嫌な笑みを浮かべ、含みのある粘ついた声で正解を告げた。
強固な機械仕掛けの扉が開く。
デュフォーは眉根ひとつ変えず、ためらいの無い様子ですぐさま次の問題に取り掛かった。
これで、デュフォーの前にある問題は最後だ。これさえ解いたら、デュフォーには今まで決して与えられなかった自由が手に入る。
この先に待ち構えているのは、無限の時間と、あんなにも望んでいた開放だ。拘束は今日で終わる。
子供のころ、本来ならば当たり前に持ち合わせていたはずのものを手に入れるのに、彼はこんなにも時間がかかってしまった。
デュフォーは今まで己を拘束し続けた老人を、モニター越しに睨み付ける。
嫌な顔だ。
もう二度と会わないと確信している故、侮蔑と嫌悪が瞳に浮かぶのも隠そうとせず、彼は最後のキーをゆっくりと押した。
あぁ、これで、終わる。
一拍の間をおいて、老人は奇怪な程の笑みをにやにやと浮かべ、正解を告げる。
そうして開く、最後の重い扉。デュフォーは差し込む白の光に目を細めて、耐え切れず大きく一歩を踏み出した。
希望と、喜びと、嬉しさと、開放。
瞬間、デュフォーの精神を支配していた幸福の、なんと大きかったことか。到底説明できるものではなかっただろう。
だが、しかし。
彼がその感情に満たされたのは短い回廊から外へ飛び出すまでのほんの数秒でしかなかった。
デュフォーは、外に出た途端、絶句した。思考を止めた。
広がる、あたり一面白に包まれた、眩しい世界。まさに白しか見つからない。
ざくり、と紛れも無い雪の感触が足から伝わる。
デュフォーは、呆然としたまま足元に視線を移した。素肌を突き刺すように、まるで刃のように降り注ぐ雪。瞬時に凍りつき始める己の体。
思考がとまっていても、彼は一瞬でこの現実に答えを出した。
そういう、ことか。
皮膚が固まるのが解る。後ろから響いた声音に振り向くと、そこには相変わらずの嫌な笑みがあった。
その口が告げるのは、いつもどおりの・・・否、それ以上の絶望の言葉。
老人の口から語られる、愛しい母親の真実に、デュフォーは口元をゆがめた。
そういうことか。
ぼろり、と熱い雫が凍りついたデュフォーの頬を一筋つたう。
そのままほろほろとぼろぼろと感情のみが流すそれに気付かず、デュフォーは笑った。
笑って、笑って。そうしてこれ以上無い程泣いた。
声すら上げず、悲しみにすべてを支配されることすらかなわず。
心の奥底だけが悲しみにくれて、他はすべて置き去りにされたまま、彼はわけもわからず泣いて笑った。
モニター越しに映った男は愉しそうに、嘘で塗り固められた笑顔で死を宣告する。
デュフォーは突如力の抜けた体を支えようともせず、冷たい白銀の世界に膝をつけて、死を前にした。
激しい爆音と共に、研究所の残骸が激しく炎上する。
「おい、お前」
俯いていた顔を、デュフォーはゆったりと上げた。もはや彼には何があったのか理解できていない。
彼の心は崩壊に近く、あるのは限りない虚無と思考をなくした真っ白の頭だった。
虚ろな緑に、広がる白銀よりもずっと鮮やかな銀が、焼きつく。
「これを読め」
そういって渡された本は、突然現れた少年と同じ銀の気高さを持って、デュフォーの手のひらにすんなりと馴染んだ。
デュフォーの白に支配されてしまった心の中は、その一瞬で不思議と銀色に焼き付く。
気付けば、ゆっくりと本を開き、口を開いてわけもわからぬ単語を唱えていた。
世界が鮮やかに光り、見たこともない色の電撃が、炎をえぐる。
目の前の少年が面白そうに、自分とよく似た色の表情―――笑みではあったが―――を浮かべるのをデュフォーはただただ眺める。
そうして、彼の人生はその日一日で希望と絶望の末終わり、そうしてまた新しい始まりを告げた。
原作から超妄想でした。ひぃいすいません。
とりあえずあの…デュフォー様の過去には非常にあれでした。あのうぉお…!ときました。
頭悪い発言ですいません。
研究所の話で、思わずミスグレースにときめいております。ああいう女の人が好きなんです。