ごおおおおおう。



永遠の果てまで続くのではないか―――そんな錯覚さえ抱かせる奈落はすぐ下にぽっかりと大きな口を開けて広がっている。
一歩を踏み出せば、闇に戻る。それができる荒野の崖で、独りきり。
彼は、眉根をきつく寄せ、まるで世界の終わりだ・・・とでも言う様な絶望的な瞳で空を仰いだ。
地球に沿うように視界の両端でゆるゆると曲線を描く空は、透き通る、美しい青を宿している。
奈落からの絶望の叫びを吸い込んで尚、まだ、青い。
彼はそれを見て、益々落胆した。実は抵抗のように強く握り締めていた拳をほどき、だらりと力無くぶら下げる。
「どうして―――――」
力無く、嗄れた声は大きな風のうねりに、いとも簡単にかき消された。
「どうして、なんだ―――――」
もう一度、彼は呟いた。彼の声も、奈落の叫びも、何もない大地も、ここは絶望にまみれている。
全てが暗く、重力が余計にかかって重苦しいのに、やはり空は、美しい・・・・・・。
(どうして世界は、まだあるんだ?)
彼は一歩を踏み出した。底無しの奈落へ向けて。
今更。今更、独りであの美しいばかりの世界へ戻る気になど、なれるはずがなかった。
全ての破壊と終焉を掴みかけたのに、今更。
(なぁ―――)







「リオウ・・・」







彼は、その身体の中で一番深い絶望を宿した、蒼の瞳を伏せた。
雨の降る気配一つない晴天の下、彼の睫毛が、じわり、と濡れる。それは、あっという間に蒼白な頬をつたった。
その名が彼の感情を激しく揺さぶった。
その存在が、彼が今抱えている絶望の全てだった。
(お前と俺の手で、世界は消えているはず、だった)
しかし、現実はこれだ。彼と彼が愛する黄金の獣は世界を引き離された。
これから彼が愛しい獣にあえる確率は、限りなく無である。引き離された時点で、彼は短い間に得たものを全て失ったのだ。
その、あんまりにも酷い現実に彼の形のいい唇がぶるぶると戦慄いた。
彼の足裏の半分はもう大地の感触を伝えては来ない。その代わり、冷たく奈落から上空へ吹きすさぶ絶望がすり抜けてゆく。
彼は、いっそう泣いた。彼が最も嫌悪していた恐怖や、悲哀や、そして、絶望。そんなもので彼のちっぽけな身体はいっぱいになっていた。
「あぁ、リオウ、リオウ、リオウ・・・・・・っ・・・・・・」
涙で薄まって輪郭を失くした世界に、黄金の幻が姿を現す。
それが何よりも愛していたあの獣の姿だと理解して、彼は言葉にならない嗚咽を吐き出した。







(俺の いとしい リオウ ! )







いつの間にか大地へ、この世界へ身体を引き戻していた。
膝から下が無様な笑い声を上げる。彼は、力尽きたように崩れ落ちた。
(俺は独りで死ぬこともできないんだ、なぁリオウ)
あの姿は、俺が手に入れた光の全てだ。そして全ての絶望をもたらした姿だ。
まだ、あの姿がちらつくだけでこの世界から消えることが出来ない。まだ、俺の半身が生きている。
そう思えるこの現実の状態で、消えることなど・・・!!
( リ オ ウ ・・・ !! )
無き濡れた顔で、彼は美しい世界を司る上空を強く、強くにらみつけた。







壊したかった。
呼吸も出来ないほど息苦しい、美しく、優しさに包まれたこの世界を。
嘘だ。
本当はそんなの、どうでもよくなっていた。
(だって俺は、世界なんてとっくに自分から捨てていたんだ、から)
ただ、お前と二人きりになりたかったんだ。







絶望の中で、泣き声が空に、奈落に、響き渡る。
彼は、これまでに訪れた絶望と、そしてそれはこれから永遠に続くという確信に、自分の身体をきつく抱きしめた。







ばかばかしいほど美しい青の下で。








( 誰か俺を消せばいい。

  もう理想どおりにならない世界から、

  お前の居ない、この世界から。 )












しばらくぶりに文章更新ですね。
相変わらず夏樹は妄想過多のライムライト噺を書くのが好きなようです。
とにかくバニキスが泣けばいいと思ったんだ(・・・)
もうそろそろ幸せな二人を書きたいが・・・とりあえず最終巻が出るまで待ちます。