血塗れの身体がひどく重たい。そして無様だ。
リオウは力が入らない全身を必死に呼び起こして、なんとか瞳を開けた。
ぱり、と薄皮が破れて瞼から再び血が流れたが、もとより全身はそれ塗れだったので、気にもならなかった。
さすがに身体を起こす事は無理だったので、今の自分の状況を理解しようと、顔を横に向けて視線を辺りに彷徨わせる。
リオウは冷たい、埃に塗れた石造りの床の上で、まるで無造作に放り投げられた人形のように横たわっていた。
(本当は動けなかったというのが正しい。)
視線を向けてやっと見えたが、鉄格子が見えると言う事はおそらく一族の誰かが己を閉じ込めたのだろう、と案外冷静にリオウは決断を下す。
部屋には寝台すらなく、窓はかろうじて床とさして変わらない高さの位置に、小さくつけてある。これでは抜け出せはしないだろう――する気もなかったが――。まさに囚人を閉じ込めるには相応しい様式の牢獄だった。
―――つまり俺は、一族から、最早代表でも子供でもない、幽閉が必要だと判断されるような身分に成り下がったと判断された、と言う事か。思考は働かないくせに、結論付けるのは早かった。
それもそうである。王になる戦いの子供に選ばれた時点で、負けたら己の存在に意味はない。
その事を、リオウは良く知っていたのだから。
一族が何よりも『王』というものを望んでいたのは、子供ながらにリオウはよく知っていた。
なにせ、幼き頃から『王』とういう地位に対して、異常ともいえる執着を見せる大人達を見てきて育ってきたのだから。
(―――だから、幼き頃からそれが当たり前の世界だったせいか、リオウの夢もいつの間にか、まるで刷り込まれたように『王』を望んでいた)
リオウはこの戦いに選ばれたことで、一族の全てを背負う事になるだろうと、誰よりも解っていたのだ。
決意もした。
―――とっくにしていた。
小さい頃から一族の望みは痛いほどわかっていた。
それを叶えられる立場に、己が立つ事が出来たのだ。
ならば、己は『王』にならなければならない。
それができるのは、一族の中でも己だけなのだから。皆の夢を叶えることができるのは、己だけなのだから。
リオウは悩む間も無く決断を下した。それが果たして本当に己の望みであるかはまるで考えもせずに。
―――本当に己が望まれていたかどうかなど、考えもせずに。
最早、今となっては何故己があんなにも『王』という地位を欲していたのか、リオウにはよく解らなくなっていた。
ただ、今、この痛みごと理解しているのは、己が『王』になれなかったと言う事。
一族の望みを、ファウードという大いなる力を与えられても叶えさせる事が出来なかったと言う事。
そして、一族の瞳に己の存在が映ることは、もう二度とないだろうと言う事。
おそらく一族の皆は己のことを、まるで汚物でも見るような目でさげずむに違いない。
なんだか、リオウは急に可笑しくなって、ふいに笑い出した。
笑い出せば、それは止まらない。小さく、か弱いにも関わらずリオウの声は部屋一杯を満たした。
笑っているはずなのに、その声は悲しみに、絶望に満ちている。
喉が震えているのは、笑っていたからのはずなのに、嗚咽にしか見えなかった。
口元こそ吊りあがっているものこそ、まるで流れる血が涙の様で、痛々しい。
けれどもリオウは笑った。
可笑しいのか、悲しいのか、どちらにしたってこれ程くだらないことは無いだろうと己を突き落とし、確信しながら。
道化よりずっとずっとくだらない。
一人で走り続けて、一族のためならばと足掻き続けた結果がこれだ。
己の弱さが招いた結果とはいえ、なんということだ。いっそ笑える。(笑うしかない)
ああ。笑える。
だって。
(もう誰も俺も見てくれない)
リオウは笑い続けながら、まるで泣いたさまを隠す子供のように、細い両手で顔をおおった。
悲痛で絶望に塗れた笑い声は、誰にも届く事無い。
そして彼は叩き落されたまま、
子供らしい希望に溢れた夢も見られないまま、
ただただ、堕ちてゆく。
もし魔界に送還されていたリオウがかわいそうなことになっていたら。の話。
誰かの腹から産み落とされた存在ならば、愛されていて欲しいと思うんですけど、なかなかそういう状況を予測できないんですよね。
それでこういう話になってしまったと。苦笑。