父が、俺と一緒に歩いてくれた。
と言っても、何の会話もない。親子らしい、情愛を感じる表情もお互い浮かべていない。
ただ。
(いつもは滅多に立ち入らないが)長の間で見る長としての表情か、はるか遠くから眺める大きな後姿。
そんなものしか知らなかった俺の手から父の温もりが、伝わってきた。
そんなものしか知らなかった俺の瞳にはまるで新鮮な父のそのままの顔が、あった。
どこにいるのかは、わからなかった。
あたり一面、濃い霧が立ち込めている。深い緑の匂いと朝特有の冷たい空気が肺を満たしている。
俺は鎧を脱ぎ捨てた、そのままの姿だった。普段なら、決して父の前に姿を見せられない格好である。
けれど父は、俺の手を掴んだまま、ただ隣で共に歩いてくれていた。
父の手はいつも眺めていたものよりも恐ろしく大きい。
俺は、一度も父の手に触れたことがなかったのだと、そのとき初めて気付いた。
「父上」
俺は、思わず見上げて、立ち止まる。
小さな声で、いつもは呼ぶことすら許してもらえない呼び方をした。喉が、微かに震えて音を立てる。
薄い淀んだ光を宿した瞳が、俺に振り向く。
そのとき、俺は確かに見た。
少しだけ、ほんの少しだけ。
俺に向けられた、笑顔を。
世界が突然変わった。
俺の瞳はいきなり真逆の世界を映し出す。
さびて赤く煤けた、それでも頑丈さだけは衰えていない鉄格子。ところどころ岩がむき出しになって、座ることすら困難な床。
あたり一面、鈍灰色の岩に囲まれた壁面。
あぁ、と。
思わず、零れ落ちた。
夢だったのだ。…なんと、酷い。あまりにも、惨い。
自分で勝手に見た夢ながら、さすがにそう思った。
せめて絶望や痛みを伴ったものならば、どれほど耐えられたか。
よりにもよって、あんな、あんな。
『リオウ』
笑いながら、名前を呼ばれた。
そんな、酷い夢。なんて、酷い妄想。
存在が認められることなんて、絶対無いとわかっているのに。
希望を伴った夢と現実を交互に見せられて、一体どうすればいいと言うのか。
夢オチという自分で書いておきながらなんてひどい話…(苦笑)
夢というのは本当にあやふやで、けれども本当に酷くもあるし、幸せでもあるものだと思います。
基本夏樹は日常の延長のような夢しか見ないんですが、たまにひっどい絶望の夢を見て本気で凹みます。
まさに起きた瞬間、後悔。みたいな(笑)