証が欲しい、と。







何を思ったのか、普段は何も望まない魔物の子供は、唐突にそう言った。







「何だよ、突然」
訝しく思って首を傾げた俺に、ツァオロンは何を考えているのか、やはり読み取れない表情で淡々と呟いた。
「別に。気紛れだ」
らしくねぇな。
俺はそう思ったが、ツァオロンの瞳が存外に真っ直ぐで、真剣なことが見てとれたので口には出さなかった。
( 証、か )
何も要らない。
そうやってこの熱と確証のない感情だけで共に生きてきて、もう5年は経った。
何かを残すことも、相手に望むことも下らない。と、一蹴して俺とお前の体、その二つだけで生きてきた。だから、今更形を求めるツァオロンが不思議だし、理解が及ばない。
ただ。






「いいぜ。くれてやる」






俺はほとんど無意識に、気付いたらするり、とそう言っていた。
何も要らないままだけど俺を求めていたコイツが初めて、もしかしたら最初で最後かもしれない望みを口にした。
それぐらい叶えてやってもいいだろうと、そんな珍しい感情が顔を出した。それだけ、だったのだけれども。
( らしくねぇのは、俺もか )
気だるそうに立ち上がった俺だが、さて何を与えようか、なんて考えていた俺は、案外楽しかったのかも知れない。







それで、どうせなら物なんかではなくて、アイツの体自身になにかを刻もうと思った。







そして今俺の手の平では、小さい四角の石がはめ込まれたピアスが二組、きらきらと日光に当たって存在を主張している。目に入った店で適当に買ったものだったが、偶然か無意識のうちの故意にか、それはかつて俺とツァオロンを引き合わせた魔本と同じ青を携えていた。
そんなことは、どうでもいい。
ツァオロンは、今は借りてきた猫のように大人しく眼前で腰を下ろしている。薄氷のような冷たさと仄かな緑と青を宿した瞳は、今はそっと伏せられている。
俺は、頑丈な魔物の身体とは思えないほど柔らかな耳の、骨が通っていない肉の部分に触れた。常人より高いコイツの体温が親指を通して伝わるのは、悪くない。
「開けるぞ」
短い一言、それだけを呟くと、ピアスを側にあった机上に置き、ピアスホールを手に取る。
ツァオロンはその時、ようやく瞳を開いた。
じぃっ、と、冷たい色の大きな瞳で真っ直ぐこちらを射抜くように見つめてくるツァオロンに、ついピアスホールを奴の耳に当てたまま手が止まった。
険しい表情ではなく、殺気も闘気も、はたまた怒りや高揚、そんなものすらも、感じない。なのに、何故こんなにも、躊躇うのか。
こいつの瞳なんかに、今更。
「……何だよ」
下からのぞき込むように表情を見てやると、その瞳が一瞬ゆら、と揺れた。その一瞬に、俺は迷いや戸惑いを感じ取る。
「……いいのか?」
不意にツァオロンは口を開いた。そしてその言葉は俺を理解不能にさせるには、十分だった。
何がだよ。今耳開けられようとしてんのはお前だろうが。
んで、躊躇ってんのも、お前だろうが。
「いい、のか?」
答えない俺に、ツァオロンはもう一度問いかけた。だから、なにがだよ。そう答えてやったら、コイツは真顔で、俺の頬に両手を添えた。
「くれるのか、本当に」
指先の圧が頬を介して伝わってくる。ツァオロンの瞳は、何かに縋るようにも見えて、また何も欲していないようにも見えた。けれども言葉は渇望していた。
そんなにも余裕がないのだと、俺はそう見て取った、そうしたら、楽しくて仕方なくなった。
両頬を掴まれたまま、俺はツァオロンの髪に手をかけた。生え際に近いところの一束を掴んで、俺の方に引寄せてやる。
いつの間にか指を離してしまっていた耳たぶをなぞるように親指と人差し指で弄んでやって、息を吐きかけるようにコイツが欲しているであろう言葉をやることにした。
「アァ、やるよ」
何もいらない。俺の傍にいることを選択するためにそう言いながら今の今まで押し込めてきたものを、とうとう隠しきれなくて、それでも隠そうとして矛盾を生み出しているツァオロンが、ひどく楽しかった。
そんなにも縋るものを与えてやったとしたら、今度はどう足掻き始めるのだろうと、興味がふつふつ沸いた。だから、俺は決めた。
欲しいなら、くれてやる。俺の中に入れてやる。
精々食らい尽くしてみろよ。
「お前になら、全部くれてやってもいい」
その言葉にツァオロンの瞳が強い光を帯びた。歓喜と意思と欲望に煌いた瞳に、俺は腹を抱えて笑いたくなるぐらい愉しかった。
俺はツァオロンを引寄せたまま、もう一度ピアスホールを柔らかい耳たぶに当てた。
ツァオロンは、瞳を伏せていた。俺はおそらく笑っていて、浮かれた機嫌のまま、薄く少ない睫に縁取られた瞳の輪郭を舌でなぞるように舐め上げる。右目を、そして、左目を。
その間に全ては終わっていた。
再びツァオロンがゆるゆると瞳を開く時には、小さな穴がひとつ、ツァオロンの右耳に開いていた。
ツァオロンはうっすらと笑んで、俺に噛み付くような接吻を仕掛けてきた。
全く、俺たちは獣みたいだと、理性など放棄した頭でそれだけを思った。







そして今、俺の左耳とツァオロンの右耳には同じ場所に同じ大きさの穴が開けられていて、揃いのピアスが揺れている。












目指したのは漂うエロス…だったはず…
魔界送還後再び出会って一緒に生きる玄ツァオのお話を書きたかったのです。
玄宗はややおっさんになって三十路迎えてちょっと大人になりました。我儘で自由奔放なところなんかは全く変わらないんですが。
ツァオロンは逆に自分を出すようになるといいという妄想があります笑
逆に玄宗を襲う受けになっちゃうYO!←
…ごめんなさい…なんかこういう雰囲気エロス書こうとしたら逆にムラムラして発言がおかしいです…←