指先に伝わる振動が、いっそ清々しく伝えられる気がした。
 そうだな、言葉にするよりも確実性のある方法で告げたい。






 玄宗の眉間を狙って叩き込んだ昆は、やはり寸前でその逞しい腕にせき止められていた。
 ―――相変わらずの馬鹿力め。
 ぴくりとも動かない昆に、思わず口角が上がる。


 そうでなくては。


 同時に、玄宗も同じように不敵な笑みを浮かべたのが解った。
 勢い良く、昆ごと己が跳ね上げられる。空中で、おそらく次に繰り出される一撃を予測して、構えの体勢をとった。
 ―――右足!
 本能が素早く告げる警戒を信じ、昆を縦に構える。
 そして走る衝撃。やはり、玄宗の右足が繰り出した攻撃を、昆が防いでいた。
 お互いがぶつかり合った衝撃の反動で、反対の方向へ飛び散る玄宗を横目で捉えながら、赤土色の大地に着地する。
 足裏に伝わる確かな衝撃が酷く精神を昂ぶらせる。
 土煙の舞う中で、玄宗の位置をはっきりと掴むことは容易だった。
 なにせ、気配も隠さず、肉食獣の如くの殺気を垂れ流したままなのだ。姿が見えずとも、わざわざ探さなくとも、解る。
 あからさまな挑発。たまらなく愉快で、清々しかった。
 ふ、と零れた吐息を置き去りにして、駆ける。己の意思を汲み取って長さを増した昆を高く振り上げた。
 ―――受けてみろ。
 そんな感情も少なからず込めたような気もする。
 叩き下ろした昆は派手な重低音を響かせて、大地に沈んだ。





 
 もくもくと、いよいよ土煙は辺り一帯を覆いつくす。
 空気がざわめく音。微かに乱れた己の吐息。そして、どくどくと五月蝿く体内を鳴らす、己の鼓動。
 全てが興奮材料に変わっていた。






 玄宗の気配は失せていた。
 しかし、構えを緩めはしない。警戒も解きはしない。
 何故なら、解っているからだ。
 「―――わざとらしく気配を消していないで、出て来い。
  どうせ、少しもくらってはいないのだろう?」
 そう言葉をかけると、土煙の中、むっくりと起き上がる姿がひとつ。
 そして、ひどく上機嫌な声音が鮮明に届いた。


 「昆がのびるたぁ、やるじゃねぇか。
  まぁ、驚かせるには十分な芸当だぜ。」


 そう言う玄宗の姿には傷ひとつ付いてはいない。
 己の最大の速さで叩き下ろしたつもりだが、避けられたようだ。しかも見事に。
 しかし、相手の知らない技で不意を付いた、そして己の最大の攻撃を放った。
 そのことと技のレベルに、玄宗はいたく満足気だった。
 「しかし、再会の挨拶にはちょっと過激すぎるぜ、ツァオロン。」
 軽口を叩きながら玄宗は、構えを解いた己の傍に近寄る。
 「お前だって乗ってきたのが悪い。」
 何も己だけに罪があるわけじゃない。面白がって本気で相手をしだした玄宗にも罪はあるのだから。
 「それに、あれは再会の挨拶なんかじゃないぞ。」
 アァ?と、訝しがる玄宗を横目で見て、ツァオロンは薄く笑った。





 
 なぁ、玄宗。
 ようやく認めようと思うんだ。


 多分、俺は玄宗、お前をずっと想っていたんだろう。 
 無理矢理細工して宛がわれた、偽りのパートナーでもそれでも、俺は無意識にお前を求めていた。
 本当のパートナーだったあの男と別れた時の、石版の中の孤独と等しいものを魔界でも感じた。
 結局、偽者でもなんでも、お前をパートナーと認め、想う俺がいたのだ。


 だから、あの一撃は再会の挨拶でも、別れの挨拶でもあるんだ。
 紛い物だったお前と俺への関係を、勝手に断ち切ってやった、昔の俺とお前へのさよなら。
 戦いしか見えていないお前には、横に並んで歩く相手など鬱陶しいだけかもしれない。
 それでもいいさ、どうせ今のお前に相手できるのなんて、魔物の俺くらいだ。
 お前の満たされること無い欲望の相手をしてやる、その代わり、傍にいさせてもらう。
 勝手に俺の相棒にさせてもらうこととしよう。
 お前のパートナーなんだ、少しぐらい勝手でも構わないだろう?なぁ?






 そんな想いをさっきの一撃にありたけ込めてやった。
 言葉に出して伝える気は、微塵も無い。こんなこと、言うはずも無い。
 ただ、戦いの中でなら告げてもいいと思いはしたが。
 どうせ言葉なんて戯れのような己とお前だ、この一撃で全てを告げたほうが確実性がある。
 だから、再会の挨拶なんかじゃない。それだけじゃ、あまりにも想いが足りなさ過ぎる。
 そう思ったところで、眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべる玄宗の肩を軽く昆で叩いて通り過ぎる。
 「解らないなら構わない。」
 そういえば、玄宗は何だよ、等と呟きながら己の後に続いた。
 滑らかだった大地は、先程の己等の戦いによって抉れ、雄雄しい変貌を遂げていた。
 それにすら満足を覚える己に、僅かに苦笑が零れたが、気分はかつて無い程清々しい。
 そんな己に答えるように、風が一陣舞った。玄宗と己の服の裾を攫いながら、春の突風は空に舞い上がって消えた。
 何の意思は無い、心地の良いそれを見つめて背後を振り向くと、玄宗と目があった。
 悪餓鬼めいた笑みは、何年たっても相変わらず瞳の中で煌いている。

 
 「なぁ、ツァオロン。
  お前、俺が居なくて寂しかったんだろ。」


 ―――なんだ、解っているんじゃないか。
 正直、その言葉には異を唱えたかったが、大元の感情と相違は無かったので黙っておく。
 結局、溢れた想いは、あの一撃で伝わったらしい。まぁ、いい。
 「・・・さぁな。ある意味で退屈ではあったが。」
 「ふぅん。」
 含みのある笑みに僅かな苛立ちを覚えるが、己も酷く機嫌がいい。何も言わないでおくとしよう。



 
 そうして、歩き出した俺の背に、浮かれた玄宗の声音が届いた。


 「―――まぁ、これからは互いに行くんだ。
  退屈も孤独も、感じるこたぁ無ェよ。」

  
 ひどく奴には不似合いな台詞を、いつもの口調で言う玄宗に俺が笑ってしまったのは、仕方の無いことだ。












成長ツァオロンに妄想が止まりません。
とりあえずツァオロンの武器である昆が伸縮自在に操れていると格好いいと思います。
そしてよく笑うツァオロンの妄想がとまりません。
そして玄宗ももちろん戦いの姿勢とかぎらついたところは変わらないでいてほしいけど、変わるところもあってほしい。
しかしこれはパートナー愛を書いたつもりですがびーえるに見えてしまうんだろうか。
パートナー愛です。見えないかもしれませんが。