誰にも言えないけれど、胸を張って、愛してる。

 怖くないのか、と上擦って引っ繰り返った声で、怯えたような目で彼は尋ねた。
 僅かな月光の元に晒された彼の肌は、恐ろしく蒼く、白い。普段から刑事にしてはやけに白い肌だと思っていたが、今は生気を失った色に変わり果てている。




 怖くないのか、と。
 もう一度彼は、先程よりも怯えを滲ませた声で問いかけた。




 僕は、普段の言葉がどれだけ軽薄であったとしても、残念ながら彼を慰める程の安い誤魔化しを出来るほど適当では無かったので、言葉が出なかった。
 否、出せなかった。
 近くにいつも置いてある愛用のカメラを撫でながら、どこか追い詰められている自分が居て、少しだけ吐息が漏れる。
 すると、彼の肩がびくり、と上がるのが良く解った。怯えているのだろうか。嗚呼、彼の問いかけに呆れて出たものではないのに、そう、絶対に無いのに。
 彼は、ぶるぶると震える瞳で、それでも僕を真っ直ぐ射抜いた。
 嗚呼ァ、その瞳、好きだなァ―――場違いに、そんなことを想う。
 権力に弱くて、神経質で、頭が固くて、見境を失くすとみっとも無い程取り乱す彼だけど、時折真っ直ぐと人を貫くその瞳の強さが、彼の本来の正義感や、意思の強さを垣間見れて、とても。



 
 「―――聞いているのかッ」




 そんなことを考えていたら、彼の言葉は耳に入っていなかったらしい、怒りを滲ませた声に、慌てて取り繕う。
 しかし、誤魔化されてくれない彼は、眉を寄せて、疑わしそうに僕をぎろりと見るのだった。やれやれ、こういうところが神経質なんだから。僕は肩を竦めて立ち上がる。
 不意に水が欲しくなったのだ。
 背中越しに、彼がもう一度喋りだす。飽きもせず、同じ問い。
 「私は只、君に聞きたいんだ。なぁ、怖くないのか」
 何に対してなのだろう。そんなこと、悩むまでもない。僕は、彼は、痛いほど解っている。
 特に、彼は僕よりも、酷く悩ましく考えているらしい。歳とか、地位とか、常識だとか、そんなものに対する縛りが強い彼は、不安で仕方が無いのだろう、それを、僕は責める気は毛頭無い。彼よりは楽観的に考えているものの、僕だって、同じことで不安がってはいるのだから。
 軽く捻った、古びた蛇口から水の流れ落ちる音が、やけに大きく響く。沈黙が室内に充満しているからだ。
 彼は、答えを待っている。そして、僕はそれに答える義務がある。
 水を一口含む。言葉を発する勇気になるように。
 そして、僕は微かに息を吸い込んだ。



 
 「・・・・・・怖いですよ、そりゃあ」




 せめて笑ったつもりだったが、口角は変に引き攣る感覚がして、ぎこちない表情だったかもしれない。(ほとんど確実性のある確率で、そう)
 口にすれば、どっと不安と怖れの入り混じったそれが胸に押し寄せてきた。途端に足場を無くしてしまった僕は、原因である彼の前に腰を下ろす。何かに縋っていたくて、筋張って、細い彼の指を僕のそれにそっと絡めた。
 「僕は男で―――山下さんも男で。
  まだまだ世間様ってモンはこういうものを理解してくれませんからね。
  僕ァ仕事が仕事なモンで偏見ってのはありませんが―――それでも、やっぱり怖いですよ。
  誰かに知られてしまったら、そのせいで、社会から排除されてしまったら―――余計なことを、考えてばっかりだ」
 彼の指から体温はとっくに引いて、冷たくなってしまっている。
 暖められたらいいのに、しかし悲しいかな、僕の手も冷え切っていた。
 嗚呼・・・僕と彼が男女の様に好き合うことはとても怖いことで、誰にも言えなくて、そして、こんなにも、孤独で。
 でも、それでも、こんなにも伝えたいと願う。



 
 「それでも、僕ァ・・・山下さんが、好きなので」




 彼の手から一気に温度が取り戻される。
 嗚呼、愛しいなぁ―――緩んだ思考で、そんなことを、想う。



 
 「怖いですけど、それでも、一緒にいたいんですよ」



  
 ふ、と彼の身体から力が抜けたように見えた。彼は、暖かな吐息をゆっくりと吐き出すと、もう一度、僕を見た。
 もうその瞳は震えていなかった。真っ直ぐ僕を射抜く鮮烈な光だけが残っていた。

 そして、彼の唇から穏やかな声が零れ落ちる。






 「嗚呼、私もだ」






 外は暗く、月の光は冷たく、社会から拒絶される想いを抱く僕等は孤独だが、それでも得難く幸せだ。
 そう思えた僕は、ふ、と幸福の下に微笑うことができるのだった。












鳥口×山下 で す ね ・・・。
ふはは、大量の砂が口から吐き出されそうです。
山下さんが好きすぎて、鳥口君が好きすぎます。
そしてうっかり腐った人間なので、二人の間に×をおいて御免なさい。
好きです、鳥山。
うぁあーぼーいずらぶを書くのって恥ずかしいですねぇえ。