例えば、わたしの声であなたの一日が始まってくれること。
 確かに、とても頼りない、消えてしまいそうな弱々しい瞳で、それでも私を映してくれること。
 時々、ほんとうに、ほんのきまぐれのように、私のことを気にかけてくれること。





 
 あなたは、あなたの知らないところで私の幸せを増やしているということを、きっと知らない。
 どこまでも、解っていないし、知ろうともしていない。それに、知りたくはないのでしょう?
 きっと、あなたは自分が誰かを幸せにしているなんて信じられないのね。





 
 だから、あなたは時々、私をひどく傷つける。
 例えば、あなたが一人で孤独に浸かる、光が沈んだ日のひと時、ひと時。
 小さな声で、耐え切れない、と言う風に私に言い捨てる、一言。

  
 『僕なんかよりもいい奴はいくらでもいるよ。いつでも行っていいんだぜ』


 本当に、あなたはどこまでも解っていないわ、ねえ。





 
 あなたの薄汚れた布団を青空の下に干すこと。
 くしゃくしゃの開襟シャツを毎日綺麗に洗濯して、直すこと。
 贅沢とはいえない食事をいつも二人で向かい合い食べること。
 とても不器用に、口の端だけで笑う、幸せに慣れていないあなたの笑顔。
 あなたが原稿用紙を並べて、机に向かう後ろ姿を、繕いものをしながら眺めること。
 そんなふうに流れていく、あなたと私、二人の毎日。




 私は、それだけでいいの。
 私は、それがいいのよ、ねえ、タツさん。




 だから、私は今日もあなたを起こしてあなたの一日を告げる。
 あなたが献身的だとまるで慈愛のように言う愛を、あなたに注ぐ。





 
 そして私は、あなたと私の二人、そんな幸せに浸かる毎日を過ごしてゆく。















関口視点の「増えゆく荷物」の雪絵さんver.みたいな短文。
雪絵さんは日常というものに得難い幸福を感じられる女性だといいなぁと思います。
関口さんがいつの間にかふらりとこの世界から消えてしまいそうだから、関口さんとの毎日が訪れることに毎日幸せを得るとか。
悲しくて、暖かい。
そんな関口夫婦を望みます。