泣いて、泣いて、声が枯れてもまだ嗚咽を続ける目の前の小さな少年を、嘘の優しさで抱きしめた。
「坊ちゃま。泣いてばかりいては、何も変わりませんよ」
反吐が出るほど愛に溢れた言葉をつむいでやる。
憎しみに彩られた指先を塗り固めた愛情に変えて、できうる限りの優しさで頭を撫でてやった。
すべて、これからに必要な嘘だった。
「坊ちゃま。笑いましょう。自分から変わらなければ」
そうすると、ほら。大きくて、素直な真っ黒の瞳が純粋に見上げてくる。
疑うことなど知らない潔白をきっぱりと浮かべて。
「轟、」
「なんでしょう、坊ちゃま」
できるだけ優しく。できるだけいとおしそうに。
もうすっかり慣れてしまった笑顔を浮かべると、目の前のとてもとても純粋な坊ちゃまはすねたように、どこか恥ずかしそうに口を開く。
「俺、轟だけでいいよ。轟が友達になってくれているから、それで、それだけで」
―――思わず、言葉を失ってしまった。頭が真っ白になって、言葉どころか塵にすらならずすべて消え去った。
何を、今、この子供は、何を言った?
俺だけでいい、なんて。
どこまでも純粋で、疑うことを知らず、ただただ愛を向けるその言葉、その笑顔。
ふいに、真っ暗にどこまでも黒く塗りつぶされていた中に、何かが落ちそうになって必死になった。
―――それがどれほどのものを犠牲にして生まれたか、知っているのか!
「・・・轟?」
救いなどいらない。
救いなど許さない。
そんなもの、望まない。
(暖かいお日様の下も、笑ってくれる大切な人も、幸せと名づける日常も、何もかも捨てたんだ)
(これ以上のものなんて、もういらない。望むことすら捨てたのに)
「轟・・・・?」
小さな手が、頬に触れようとする。近づくぬくもりがついに触れる前に、その手を掴んで離した。
「ありがとう、ございます・・・坊ちゃま。けれど、それでは・・・いけませんよ」
そうしてもう一度浮かべる笑み。そう、これでいい。それ以上の愛も憎しみも同情も―――何もいらない。
いつかこの子供を捨てるときのために、必要なことだけやればいいのだ。
「だって・・・あっちがオイラを跳ね除けるんだよ、いつだって、学校では・・・一人きりだ」
一人きり。
もう少ししたら本当の一人きりを教えてやろうと思った。
(本当の孤独は・・・そう、すべて失って・・・・・・こうやって、生み出すことだと、知っているだろうか?)
「でも、私は知ってほしいです」
憎悪を。溢れる憎しみを。
「坊ちゃまに、誰か大切な人を思う気持ちを」
そして愛情を。何かもいとおしいと思うその感情を。
「だから、坊ちゃま。頑張りましょう?」
すべて知った貴方が少しだけ前に進もうとする道を壊すことを楽しみにして待っているから。
「私は、ずっと応援していますから」
手招きしてずっとずっと待っているから―――早く目の前までおいで。
「私は、坊ちゃまの味方です」
それまで惜しみない愛を教えてあげる。優しい世界を与えてあげる。全てを壊す―――そのときまで。
「ありがとう、轟」
優しく陽だまりの中で貴方が笑う。
私も、同じ陽だまりの中で同じ笑顔を浮かべた。
(だって陽だまりの中だってどれだけ幸せだって、その場所にどれだけ馴染んだって、この足元が氷点下であることに揺らぎはないという絶対の自信があるのだから。)
7巻の轟はやはり初めて見たときには衝撃でした…。
でも、もうなんだか愛といいますか、轟だったらなんでも美味しく見えてきて、いけないですね(苦笑)