ツキタケは、俺の独特の愛情を理解して、あまつさえ受取人になってくれる唯一の人物である。
その手ははとても小さくて、まだ表情はあどけないのに、全身いっぱいでこの奇怪な己の愛を受け止めて、包み込んでくれる存在だ。
この子供の存在のおかげで、俺の常人には理解されがたい愛情と心は表現しがたいほど救われた。
――――――――――――否、ずっと救われ続けている。
その上ツキタケは、まだ見ない、この世界の何処かに居るスゥーイトを探す、という周りから見れば理解できない俺の行動にもいつも付き合って側に居てくれる。
俺が傷つけば、癒して、また一緒に旅を続けようと言う。
その差しのべられる手に、いつも救われている。(果報者だ。何て幸せだろうと、思う)
今日はそんな俺の愛の受取人が、この世に生を受けた輝かしい日である。
「ツキタケ、行くぞ。」
そう問うと、へ?というような視線が返って来る。ああ、この子供は今日が誕生日と言う事に自分でも気付いていないのだろうか。
これはまだ我儘言い盛りの子供としては大問題だ。(もしかしたら言い方も駄目なのかもしれないが)
「今日、誕生日だろう」
何時ものように小さな体のツキタケに視線を合わせて、くしゃり、と頭を撫でる。
そうするとツキタケはいつも幸せそうな表情を浮かべるので、いつもそうしていたのがいつの間にか癖になってしまった。
「…それは、そうですけど……どこに行くんですか?」
良かった。一応自分の誕生日を覚えてはいたのか。
「それはお楽しみだ。さぁ行くぞ」
そう言って小さなツキタケの手を握ると、うたかた荘を飛び出して、空中に踊り出た。
いつもは徒歩という手段を使うが、今日は特別だ。このほうが早いし、見る景色が美しい。
後ろから姫のんが「行ってらっしゃい」というのが遠くから聞こえる。
いつもならすぐさま駆け寄って一日中考えた愛の言葉をプレゼントしただろう。
しかし今日はツキタケの誕生日だ。今日の俺という存在はツキタケを祝うために存在する。
「ついたぞ」
上から見下ろした町の景色に見惚れていたツキタケは、何処に居るのか分からないらしく、辺りをきょろきょろ見回している。
ここは小高い丘で、町全体をくまなく見渡せる場所だった。
俺は近くに会った時計塔をちらと見て、ツキタケの横に座り込んだ。
時刻は夕方を指している。俺はもうそろそろか、とあたりをつけてツキタケを見下ろした。
「ツキタケ、ちょっと目を瞑ってみろ。いいものが見れるから」
そういうと、ツキタケは素直に子供特有の大きくて澄み切った瞳を閉じた。
「なんですか?アニキ」
興味津々と言った様子で聞いてくるツキタケの頭を俺はもう一度くしゃり、と撫でる。
「お楽しみだ」
だって、プレゼントを教えてしまったら面白くないだろう?心の中だけで、そう呟く。
お前が生を受けた、愛しいこの日に、俺が考え付く限り最大のプレゼントをやらないといけない。
もう此の手が何かを手にしたり、溢れるようなプレゼントを買い与える事は出来ないけれどこの体を満たす心はお前に向けている。
溢れる愛が、お前を祝うべくしてあるこの日に相応しいものだといい。
時計を見ると、時は夕暮れを刻む。
もうすぐだ。どうにか、喜ぶといいのだが。
―――――視線を向けると、時は満ちていた。
そっとツキタケが自分で覆っていた手をどけてやり、目の前を見るように指示する。
ツキタケは訝しげな表情で言われたとおり視線を上向けて―――――目を見開いた。
鮮やかな赤。橙。黄色。
混ざり合う三色が夕暮れを刻んで幾重にも重なり合って。
街までも真っ赤に染めていて、そのまま夕闇に全てが支配されてしまいそうなほど、目の前はその色でいっぱいだった。
まるでおとぎ話のようなどこかの漫画のようなありえない光景が眼前に広がっている。
「……すげぇ……」
身を乗り出すようにして、ツキタケは呆然と呟く。
小さい身体が喜びで震えて、全身で感動を訴えていた。
「アニキ、すごいっす!本当に、すごいです!」
そういうと、ツキタケは風で揺れている俺のコートの裾をつかんで、目をきらきら輝かせて嬉しそうにはしゃぐ。
幸せそうな表情。喜びの笑み。
ああよかった。
「ツキタケ、 誕生日、おめでとう」
ずっと昨日から送る言葉を幾つも何行にもわたって考えていたが、やはりこれだけを伝えるのが、一番な気がした。
それはどうやら成功だったようで、ツキタケはびっくりした顔でしばらく固まっていたが、やがてくしゃり、と潰れたような笑顔を作った。
「何が欲しいかわからなかったが…綺麗なものを与えてあげれば、いいと思った」
ツキタケは、本当にまだ小さいうちから死して、霊になった。
たくさんのものを見逃したまま死んでしまったのだろう。美しいものをほんのすこししか知らないまま死んでしまったのだろう。
だからこそ、死して存在するこれからの時の中で、まだこの世界に溢れる美しいものをお前に教えてやりたい。
与えてあげたい。
そう思った末に考え付いたプレゼントなのだ。これは。
「生まれてきてありがとう。ツキタケ」
何度言っても、どれだけ愛を詰め込んでも足りないこの心の中を精一杯吐き出す。
「……」
ツキタケは、ゆらゆらと揺れる瞳だけで俺を見上げて、表情が見えないようにマフラーですっぽりと顔を覆い隠すとコートを握っていた手に強く力を篭めた。
絞り出すような声で、呟く。
「ありがとうございます。アニキ」
少し泣きそうな声音と耳まで真っ赤な表情に苦笑して、もう一度頭を撫でる。
小さな身体をひょい、と持ち上げて、少しでも世界が広く見渡せるようにと肩車した。
「おめでとう」
愛しい愛しい俺の受取人。
予想以上にこっぱずかしい話になってしまったような(笑)
どこまで私はガクがロマンチストだと勘違いしているんでしょうか。恥ずかし!
とにもかくにもツキタケの誕生日祝いの話でした。お祝いの気持ちを精一杯に込めて…!!
あと余談ですけど誕生日に「生まれてきてくれてありがとう」って言われるのは本当に幸せで泣きたくなるようなことだと思ってどうしても言わせたくなって。
恥ずかし!(笑)