「君も、大層大きな獣を飼っているのだろう?」
淀み、濁り、泥と混ざり合って本来の澄んだ色を忘れてしまった土砂降りの最中の水溜り。
それを連想させる瞳で男は不健康な肌色の指をまっすぐ指した。
その先にいる、薄暗い室内の暗闇と溶け合ってうっすらとしか姿の見えない客人の執事を眺めて、男は喉の奥で笑いを零す。
「そんな偽善の面をかぶったって無駄だ。見るものが一目見れば今存在している君がまがい物だと言う事ぐらい、すぐわかってしまう」
答える声は無い。
その代わりに、一歩分執事は前に出た。黒い服に身を包んだ彼の足が顔を覗かせる。
男は椅子に腰掛けたまえと進めたが、目の前でまだ半分暗闇に身を潜めている執事は、男がまがい物だと称する柔らかな微笑みでそれを拒否した。
男はそうかとだけ呟き、気分を害した様子も無く話を続ける。
「解るのだよ、轟君。私には君の中にいる大層大きな獣の姿が見える」
口元を歪めて話す男の瞳に理性は無い。けれど、名を呼ばれた執事は相変わらず微笑むばかりで男の話を非難も賛辞もしなかった。
「それは確実に、驚異的な早さで君の中身を焼け焦がしているに違いない。違うかね?」
問いかけると、執事はもう一歩男に近寄った。とうとうその全貌が電灯の明かりの下に現れる。
太陽が良く似合う健康的で柔和な笑顔を貼り付けたまま、執事は背筋をぴん、と伸ばしている。
まっすぐに太陽を下からにらみつける向日葵の姿がその時男の脳内にふと浮かんだ。
果たして、真っ暗な中身を持った執事は心の中に暗鬱とした獣を宿したまま、そのまま明るい世界を悠々と歩いてゆくのだろうか。
足元をどす黒い血で濡らしたまま?
男は、大層面白そうに笑った。
「けれど、それすら愉しみながら君は獣を飼いならしている」
そうして、もう手の届く距離になった執事に手を伸ばす。彼の中心部を男は指先でトントンと叩いた。
命の鼓動を刻むそこはペエスを早めることなく、規則正しく活動を続けている。
執事は誰もが戸惑うような男の発言にも動揺すら全く見せず、ただただ冷たい漆黒の瞳で男を見下ろしただけだった。
しかし、その表情に先ほどまでは感情ひとつ見えなかった柔和な微笑は無い。代わりに、ひどく無表情の中、瞳だけでひどい不快を訴えていた。
男はそんな執事の行動を気にする風もなく、病的に血色が悪く、電灯の明かりですら血管が浮き上がるほど白い指先で男の胸元に結ばれたリボンを攫う。
「獣を宿すことが出来ないから現実の獣に陶酔している私には、君が羨ましくてたまらないね」
そういうと男は、ホルマリン漬けの生物等が入れられている棚から空の瓶を取り出し、リボンをその中にするすると閉じ込めてまた棚に陳列した。







「全く、羨ましいよ」







そうして歪みに歪んだ笑みを浮かべた男は焦点をがちりと執事に合わせる。
執事は一度だけ会釈すると、狂った男には目もくれず無機質な扉を静かに閉めて立ちさった。
残された男は、感情を押し込めることもなく、楽しそうに声を上げて高らかに笑った。







大層珍しい、新しい獣を見つけた男は彼の一部がどうしても欲しかったのだ。













真霧とツキタケパパが仲が良かったという関係性から派生妄想。
もし轟がツキタケパパの付き添いで真霧邸に行ったとしたら、真霧とこういう会話して欲しいなぁという話。
真霧は轟を一目見て、轟の負って言うものを敏感に感じ取ってしまうわけです。そういう妄想から派生。
とりあえずずっと絡ませたかった二人なので夏樹は自己満足です。